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2024年04月25日
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バイニンの死①

2009年09月24日
 9月26日はアカギさんの命日です。
今年は10回忌、竹もイベントやったりお墓立てるって言うんで、
例年以上に盛り上がってます(?)!

 そんな訳で、一足お先に、
僕もちょこっと追悼代わりの
「麻雀漫画で(´;ω;`)ブワッときたシーン」特集なんぞをやってみたいと思います。

 掲載作品は
・天
・哲也
・天牌
・むこうぶち

 の4作品で、作品別に順次アップしていこうかと…。

 
まずは何と言っても明後日の主役、赤木さんが登場する「天」から!

 全巻未読の方は、ネタバレ注意です。


【 天 ~天和通りの快男児~ 16巻「意識」より 】

 アルツハイマーと言う(その当時)不治の病に冒され、意識を失う寸前の赤木さん。
自分が自分であるうちに死にたい…と自死を決意し、自ら生前葬を行います。
そこで、東西戦を闘った仲間達と一人ずつ、最後の面会をします。
メンバー全員、赤木さんに思いとどまってもらうよう、説得を試みますが…


 個性的な説得が続く訳ですが、
(しかし鷲尾さんはショートカット…!一緒にハワイに行った仲なのに…(泣))
(健なんか扱いがもっとヒドイ(´д`;)
その中で一番(´;ω;`)ブワッと来たのが4番手、銀次さんのこのシーン

akagi16.jpg

 自身も末期癌に冒され、迫りくる「死の恐怖」を打ち明ける銀次さん。
そして

生命とは何か?
「意識」は何処から来て何処へ行くのか?
魂は不滅なのか?

 という問いに赤木さんが答えた後…がこのシーン。
通夜編で最も泣けたシーンです。
下手な説得より、こういう素直な言葉こそ胸を打つ訳ですよ。

 天やヒロのように、「自分がこの世から消える」という事を、
想像できても実感できない若者の言葉とは一味違うんです…。

 銀次さんから後の人は、みんな屁理屈こねてないで
いや~んいやいや、赤木さん死んじゃいやぁ~~~~ん。・°(つдT)°。・
…でいいじゃん、と思ったのはぶぼだけですね、すみません。
漫画になりません。


さて。

 ところで、赤木さんのまさかの自死。
以下は勝手な想像ですが、
これは阿佐田哲也氏の作品の中にある
「観念的な死はあるか?」
という問いに対しての、福本先生流の答えなんじゃないかと思います…。

 福本先生の作品の中で「本で読んだ話だが…」で始まる台詞がいくつかありますが、
その本の1つに、阿佐田氏の作品からの引用だろう、と思われるものがあります。
つまり、福本先生は阿佐田(又は色川武大)氏の作品を読んでらっしゃる!
しかも好きかも!?
って勝手に結びつけた訳です…。

 答えようと思って答えたかどうかはわかりませんが、
もし読まれていたら意識に残る問いだと思うので…
…全然違ったらすみません。

 という訳で、自分も考えてみる。
人は「観念的に」死ねるか?

 僕は出来ないと思います。

 人間生きてれば、誰でも「死にたい」とか「死のう」って思う場面はあると思いますが、
実行するかどうかは別問題。
最後の引き金を引く事ができるのは、心神耗弱の状態か、錯乱状態か、深い陶酔からか、或いは無知か。
つまり、正常な判断が出来ない状態でないと出来ないことだと思ってます…。

 そこを観念的にできるのは、やっぱり赤木さんだからな訳で、
今年も敬意と共に、合掌。 
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Comment
No title
すばらしい考察ですね!
自分は馬鹿で無知なので、
ここまでうまく自分の考えを論じる事ができないので惚れ惚れしてしまいます。
天はよんだ事が無いのですが…、
麻雀を打つシーンが全くないエピソードがあったりするそうで、
麻雀漫画の快挙のようにも思えます。
生や死などを追求した、男のロマンのような哲学的な作品なのでしょうね。

「観念的に死ぬ」というのが自分にはどういう感覚か判らないのですが…、
夏目漱石の「こころ」で親友のKを自殺させてしまった先生が、
その後罪滅ぼしのため死んだつもりで生きていこうとするような感じかと想像しています…。
どちらにせよ自殺を実行するためには相当な精神力が必要なのでしょうね…。
思いとどまらせる方もまた難しい
のだと思います。
いえいえそんな…。
YRN 様!

 いやいやどうも、コメントありがとうございます!!
お恥ずかしい限りです…。

 いやしかし自分、頭悪いんでw
後で読み返すと何じゃこりゃって文章しか書けないです…orz
こんな文でも、何かを思っていただけるなら幸いです…!

 「天」は最初はフツーの麻雀漫画なんですが、
(1巻の最初数話は、現在の福本先生の作風とは全く違う、ほのぼの系)
893な人たちが登場する辺りから、現在の福本作品的な流れになってきます。
この作品で福本先生がメジャー入り(?)されたので、先生にとっても思い入れが深い作品のはず…です。

 通夜編と呼ばれる16~18巻は、ホントに麻雀出てきませんw
唯一、麻雀牌を使った「ナイン」というゲームがあるぐらいです。
生きる事の意味を問う、哲学的な内容になってます。

 麻雀漫画だけど麻雀をやらなくてもファンは付いてくる、という事を証明した…という意味で快挙かもですねw
それを可能にさせた赤木さんは本当に偉大です!

 >観念的な死
 観念的…という言葉をどう捉えるか、から難しいんですが(^^;
コレ読んだのがもう何年も前でして(´`;
古い記憶の中で書いたんですけど…
自分的には「現実と向かいあったまま死ねるか」的な意味で捉えた訳で…
でも、言われてみると「死んだつもりで生きる」も当てはまるような気がしてきました…w

 ただ、「こころ」の先生は単なる自分病(別名中2病)な感じがするのでw
俺って超悲劇~って酔っ払ってるだけに思えますw

 まぁとにかく、自殺ってのはハッキリいって周りの人間にとっては迷惑極まりない行為ですから、
正常な判断ができる人ならしない…と思うんです…。



 
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